あの日から1年経ちました(2)

NPOサプライズ

2009年03月15日 12:58





続きから


第二回目の影奉仕あたりで 次の段階の事を考え始めた それは前文でも書いたとおり「NPO化」についてだ その自分の中でどうしても一人「落とさなければならない人」がいた この人抜きでは絶対に成立しないどうしても必要な人 その人が首を縦に振らなかったらこの話は「辞めよう」と考えていた 

そして4月1日の話になる 僕は三島によってから沼津の静岡新聞社に行くアポイントがあった 三島での用事が思っていたより早く終わった 丁度その人は事務所開きをなされたばかりでお祝いも兼ねてお邪魔しようと思っていた そして電話をしたら運よく沼津の事務所にいらっしゃるというのでお伺いをした そう岸本圭史さんである どうしてもこの人がこのNPO計画には不可欠だという人

「こんちわ~^^ すみませんお邪魔します~^^」 と言い事務所に入る まだ開けたばかりだから何もないよ~と岸本さんは言った ウーロン茶を頂きながら世間話をした 確か僕が持っていた時間は「30分」だけ その「30分」の中でこの人を納得させなければならない 岸本さんという人はこの時点の僕の予想として 岸本さん自体の考えにマッチしない不合理な事があれば絶対に「うん」とは言わない人 それくらいのポリシーと知識がある人だと想像していた 僕は切り出した

   
「きっし~さん 実はね 今の影奉仕をNPOにしたいんだけど どう思う?」


岸本さんはすぐさま返してきた 「なんでNPOにしなきゃいけないの?」 


僕は僕の中の思いを話た 当時感じていた事は まず「ちゃんとした形」を作るという点が主な事だった 清掃活動を清掃活動だけで終わらせないためには絶対的に社会的信用度の高い「法人」という名の付くものが必要だ 社会福祉の事業にも携わっているし 今後福祉も含めて地域を活性化させるためには必要 そして何よりワクワクするような事をやりたいそう思っていたし 一番は「伊豆をひとつにする」って皆言ってるけど どうしたらそれに近づけるかという事を話した たった30分の時間だったけど 最後に僕は岸本さんに言った


「やるを選択するか やらないを選択するか 岸本さんはやるを選択する人だと思う^^」


きっしーさんは この時点で「よし やろう!^^」と言ってくれた(書いてある通りなのだが 本当にすぐう、「うん やろう」と言ってくれた) 僕が思ったとおりの人 最初に会った時からこの人とは絶対に「絡む」と感じていた事が現実した瞬間だった 

その次の日から 実は二人は動き出していた 色々な事を話さなければならない NPO設立に向けての形作り 決まりごとなどなどである 株式を作るより遥かに大変なNPOの申請や委任状の事 設立主旨の部分 その他もろもろ ありとあらゆる部分でのケアーだ  もちろん この作業が出来るのも「仲間」がいたからである NPOの方向性と事務的なものを作っても 仲間がいなかったら成立はしない この後から 今のNPO理事のみんなに趣旨説明を始める形になった この趣旨説明で一番びっくりしたのはミロクの川口さんじゃないかなと思う(笑) いきなり電話してお願いしたのだから^^: 性格的に決めた事はガンガンいっちゃうタイプなので 断られる事などまったく考えず電話した そして川口さんも川口さんで 何故か快く快諾してくれたのだった^^

他にもお願いしようと思った方は何人もいたのだが それぞれの「立場」みたいなものがあるのは知っていた 影奉仕活動自体には参加できても正式な形として参加できない人がいた こちら側の勝手な想像だがその部分の「相手のケアー」も思いっきりした 念には念を押していった

そして4月後半になると準備会の形が出来上がり 高野さんにお願いをしてホテルサンバレー長岡の会議室をお借りして NPO立ち上げに向けての作業にみんなで入った ホテルサンバレーさんの協力がなければどうなっていた事だろう 設立に向けての色々な準備が遅れていて もしかしたらまだ設立できていないかもしれない 本当にサンバレーさんには感謝である

ここから設立に向けての作業がちゃんと始まり 定款作り 方向性をみんなで話しあうようになっていくのである たとえば会員の事もどうしようかという話になったし 運営費の話も補助金をもらうのか もらわないのか 色々な事が話し合われ やる? やらない? 集める? 集めない? そんな繰り返しばっかり(笑) 結論もでないまま終わる会議の連続~ しかしそれでもみんなで話し合いを重ね修正に修正を重ねた NPOの申請を6月にしてからも毎回色々な問題を話してきた そんな中でみんなが成長していく

この時点で既に色々な事が動き始めていた 「牛乳パック」の回収事業もこの時点では始まっていた さてさて なぜ牛乳パックの回収事業がスタートしたかということをお話しておかなければならない 実はこの4月の時点で地元で選挙があった その選対事務所を仕切っていた(笑) 姉さまがいて 姉さまが僕に「ね~kiyoちゃん 今ね障害者施設で牛乳パックを集めて和紙にしてるんだけど 障害者関係に強いでしょ~ パック集められないかな?」と相談を受けた事が始まりだった 丁度そのタイミングで伊東市がパックを1年で2トン集めたという記事を見て 「ん? 出来るでしょ 集めるのは まずはブログだな~」と思い ブログに書いたところ・・・・・ ちょっとちょっと 何ですかこの数は!!!!! という位集まりだしたのである これには本当に驚いた 意識の高い方がブログを読み皆が協力してくれた ここの時点で僕はまた 「思いついちゃった」というか「気が付いちゃった?」のである 


そして まだまだ続く・・・・・





NPOサプライズ 代表理事 飯倉清太

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